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東京高等裁判所 昭和30年(行ナ)20号 判決

原告 滝内礼作

訴訟代理人 佐々木正泰 外三名

被告 中央選挙管理会委員長 松村真一郎

指定代理人 桜沢東兵衛 外一名 代理人 坂千秋

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、請求の趣旨として、昭和三十年二月二十七日に行われた最高裁判所裁判官国民審査は無効である、訴訟費用は被告の負担とするという趣旨の判決を求めると申立て、請求の原因その他別紙一のとおり述べた。

被告は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求める旨申立て、請求の原因に対する答弁、抗弁を別紙二のとおり述べた。

証拠として、当事者双方は別紙三記載のとおり、提出認否援用をした。

理由

原告主張の無効の理由(請求の原因六の1ないし5)に関する当裁判所の見解はつぎのとおりである。

1について、

憲法第七九条第二項に定められる最高裁判所裁判官国民審査は一種の解職投票制度であつて、裁判官任命の適否を審査決定する制度ではない。これは当裁判所が昭和二十四年(行ナ)第三号原告佐々木正泰、被告最高裁判所裁判官国民審査管理委員会委員長間の最高裁判所裁判官国民審査の効力に関する異議事件について、昭和二十四年十二月五日言渡した判決(高等裁判所判例集第二巻第三号三二五ページ以下)および昭和二十七年第三二号三四、三五、三六号第三八ないし四一号原告横田隼雄外七名被告中央選挙管理委員会委員長間の最高裁判所裁判官国民審査の効力に関する異議事件について、昭和二十九年十一月九日言渡した判決(高等裁判所判例集第七巻第十一号九四三ページ以下)において、それぞれ詳細な説明を加えて示したところであり、なお最高裁判所も支持した見解である(最高裁判所昭和二十四年(オ)第三三二号昭和二十七年二月二十日言渡判決、最高裁判所判例集第六巻第二号一二二ページ以下)。いま、本件について、この見解を変更すべきものとは考えない。

したがつて、最高裁判所裁判官国民審査法が解職投票制度を規定していることは、憲法第七九条第二項に適合するものであり、この法律によつて行われた本件国民審査は憲法違反の法律によつて行われたものであるから、無効であるとする原告の主張は採用することはできない。

2について、

本件国民審査施行にあたつて、その投票所は審査法第一三条の定めに従つて設備された結果、衆議院議員選挙の投票所と審査の投票所との出入口を一つにし、その入口に棄権を望む者は投票用紙を受取らなくてよい旨の貼紙をしたこと、投票用紙の持ち帰りを禁じていたことは、当事者間争のないところである。

右のような設備の投票所で出頭した審査権者に対して、係員が審査の投票用紙をさし出したとしても、ことに、衆議院議員選挙の投票用紙とともにさし出したとしても、審査権者は審査の投票用紙を受取らないことは不能ではなく、前記のような貼紙による注意をしてある以上、投票用紙を受け取ることを強制したとは認めがたい。また一度受け取つた投票用紙の持ち帰りを禁じられたからといつて、どうしても投票しなければならないわけはなく、投票用紙を投票所内において立ち去ることはできるのである。

本件審査において、前記のような設備のもとに選挙の投票用紙とともに係員からさし出された審査の投票用紙を受け取つて投票をした審査人があつたとしても、その者に対し投票が強制されたのだとはいい得ない。また、前記のような貼紙があるにはあつたが、それとはべつに、審査人の意に反して投票用紙を受け取らせ、その意に反して投票させたという事実はこれを認めるに十分な証拠がない。(同時に国民審査に付される裁判官が二人以上である場合に、裁判官の氏名を一枚の用紙に連記する様式の投票用紙(国民審査法第一四条第一項)を用うると、そのうちのある裁判官については棄権したい他の裁判官については罷免を可とする投票をしたいと思う審査人は、罷免を可とすると信ずる裁判官について×を記入して投票するには、棄権したいと思う方の裁判官について、×印を記さない投票を、いやでも、しなければならず、棄権したいと思う裁判官について棄権するには、他の裁判官についての罷免を可とする投票をすることを断念しなければならないという関係に立つこと必然である。これは結果において審査人に対して投票を、あるいは棄権を強制することになる。かような結果を生ぜしめるかぎりにおいて国民審査法は問題であるけれども、本件国民審査の対象たる裁判官は一人であるから、この点についての論議はさしひかえる。)選挙の投票所と審査の投票所とが、その出入口を同一にしているため、選挙の投票所へはいる者は同時に審査の投票所へはいらなければ出ることができないことが、憲法に保障される身体の自由を害するものでないことは明かである。本件国民審査が憲法第一三条に反して行われたとの原告の主張は採用することができない。

3、4について、

国民審査は解職投票の性質を有するものであること「1について」において説明したとおりである。したがつて国民審査における問題は罷免を可とするとの投票が多数をしめるかどうかである。罷免を可とするとの投票と、罷免を可とするとの投票でない投票との比較において、前者が多数をしめると、その裁判官が罷免されるという効果を生じ、多数をしめないときは、罷免の効果を生じないのである。国民審査において審査人に対して求められる投票は、罷免を可とする投票か罷免を可とする投票でない投票かのどちらかである。罷免を可とする投票と「罷免に反対するとか、その裁判官を信任するとか、その任命を是認するとかの意味を有する投票」とのどちらかをせよというのではない。国民審査法第二九条第三二条第三三条などに「罷免を可としない投票」というは前にいう「罷免を可とする投票でない投票」を意味するのである。ただ、ことばを縮めた表現を用いただけであつて、なんら積極的意味を有するものではない。したがつて、国民審査の投票用紙に罷免を可とする投票をしようとする審査人がその旨を示す記載をするところを設け、罷免を可とする投票でない投票をしようとする審査人はなんらの記入をしないで投票することとしたのは、国民審査の憲法上の性質に合致するものである。

したがつて、また、罷免を可とする投票以外の投票のすべてを罷免を可としない投票として、罷免を可とする投票と対比して多数少数を決することは、罷免を可としない投票をもつて、罷免に反対するとか、その裁判官を信任するとか、またはその任命を是認するとかいう意思とか意見の表現であるとしてとりあつかう意味にはならない。憲法によつて保障される思想及び良心の自由表現の自由(憲法第一九条第二一条)をうばうことにはならない。原告の主張は、国民審査の制度を裁判官の任命の適否を問題とするものとし、したがつて罷免投票か信任投票かをさせるものだとの見地に立つて、国民審査法にいわゆる罷免を可としない投票を信任投票と解することから出て来る違憲論であつて採用に価しない。

5について

原告は国民審査法第一五条第一項に定めるところの「審査人は投票所において、罷免を可とする裁判官については、投票用紙の当該裁判官に対する記載欄に自ら×の記号を記載し、罷免を可としない裁判官については、投票用紙の当該裁判官に対する記載欄に何等の記載をしないで、これを投票箱に入れなければならない」との投票の方式によるときは、投票の秘密が侵されると主張するけれども、必ずしもそうとはいえない。投票所の設備を、審査人が投票前投票用紙に×の記載をしたのかしなかつたのかを他人からうかがい知り得ないように施すならば、前記方式によつたからといつて、投票の秘密が侵されるものではない。選挙の投票用紙と審査の投票用紙とを同時に交付し、両方の投票の記入台を同一個所にして、審査の投票に×の記載をしようと思う審査人は選挙の投票記載と同時に記載し得るようにするとか、その他投票所の設備についてくふうをこらすことによつて、投票の秘密を保護することはできるのである。国民審査法第一五条第一項所定の投票の方式によれば、つねに、投票の秘密が侵されると断ずることはできない。本件国民審査において右の方式が用いられたということだけで、投票の秘密が侵されたということはできない。

しかし、投票所の設備において、特に審査の投票のみのために記入台を設け、×を記載しようとする者は記入台を用うるも、×の記入をしないで投票箱へ入れようとする者は、記入台には関係なく、ただちに投票箱へ入れることができる状況である場合には、記入台へ立ちよつた審査人は×を記入したもの、記入台へ立ち寄らないものは、×の記入をしないものと推測されることは、免れ得ないところである。審査人が記入台のところへ行くには行つたが、考えなおして、なにも記入しないで投票するということも絶対にないとは断言し得ないけれども、かような場合には、×の記載をしないのに記載をしたと反対の推測をされるのであろう。

投票の秘密は、投票者が完全に自由な意思決定にしたがつて、投票をすることのできるために絶対に必要なことであるとして、憲法において、これを侵し得ないものとするほどのものである、したがつて、投票所においてもそれは完全に保護せらるべきものであつて、投票の内容についていちおうの推測を、それが、かりに真実と反対の推測であろうとも、受けることも免れない状況において投票をさせることは、投票の秘密保護に欠けるものであり、かような場合の投票者は投票の秘密を侵されていると認めるのが相当である。「投票記載所に立ち寄つた審査人であつてもなんら記載をしないことも自由であるし、記載所に立ち寄らずして直接投票箱にいつて投票したかつこうの審査人であつても、ひそかに記号を記載するようなことは、あながち不可能ではない」(被告所論、前記昭和二十九年十一月九日当裁判所判決理由所論)といい得ないではない。審査人が秘密保持のために、かような、とくべつの創意くふうに努力することを要求するは相当でないのみならず、かかる努力をした場合にも、その効なかつた場合にはやはり投票の内容に対する推測を受けることを免れないこともあろう。投票所の設備は、投票者が、その設備にしたがつてすなおに行動する場合に投票の内容が他人から、いちおうの推測も受けないようにされなければならない。もしこれと反対に、投票者がすなおに行動した場合に投票の内容について推測を受けることを免れないような設備のもとに投票させるならば、投票の秘密は完全に保護されているとは認めがたい。

原告本人尋問における原告の供述によると本件国民審査においては、東京都世田谷区の松沢小学校に設けられた投票所の設備は、審査人が投票を投票箱へ入れる前に記入台へ立ち寄つたかどうかが、投票所内にいる他人から見分られ、それによつて、審査人が、投票に×を記載したかしなかつたかを推測し得る状況であつたことが認められる。本件国民審査は、憲法国民審査法に違反するところあるものというべきである。しかし本件にあらわれたすべての証拠によつても、右松沢小学校のほかには、これと同様に投票の秘密の保たれない状況において投票が行われた投票所のあつたことを確認することはできず前記松沢小学校投票所における法律違反だけで、本件国民審査の結果に異動を及ぼすおそれがあるとは、とうてい認められないので、これによつて本件国民審査を無効とすることはできない。原告のこの点の主張も結局採用することができない。

以上のようなわけで、本件国民審査を無効とする原告の主張は、すべて理由がないので、原告の請求はこれを棄却するのほかなく、訴訟費用は敗訴の当事者たる原告の負担とすべきものである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 藤江忠二郎 判事 渡辺葆 判事 薄根正男)

(別紙一) 請求の原因

一、被告は中央選挙管理会(以下単に委員会という)の委員長であり、原告は肩書地に居住し、衆議院議員選挙権ならびに最高裁判所裁判官国民審査権を有し、昭和三十年二月二十七日東京都世田谷区第一投票所で衆議院議員ならびに最高裁判所裁判官国民審査(以下単に審査という)の投票を行つた者である。

二、被告は昭和三十年二月二十七日施行の衆議院議員総選挙と同時に行はれた最高裁判所裁判官国民審査について最高裁判所裁判官国民審査法(以下単に審査法という)第二条第一項同法第五条の定めに従つて昭和三十年二月一日の官報でその審査の期日と審査に付される裁判官の氏名とを告示した。

三、右審査施行のために設けられた投票所は、審査法第十三条の定めに従つて設備された結果、全国一般すべてについて、衆議院議員選挙の投票所と審査の投票所との出入口を一つにし、その入口に棄権を望む者は投票用紙を受取らなくてもよい旨の貼紙をしていたが実際は審査法第八条の定めに従つて投票所に出た有権者に対しては、本人の意思如何にかかわらず選挙の投票用紙と審査の投票用紙とを一しよに交付し、罷めさせたい裁判官があつたら、その裁判官に対する記載の欄に×の記号をつけ、罷免を望まない者やわからない者は投票用紙を持ち帰らないで、そのまま投票箱へ投げ込むように指示して投票を行つた。

四、その際被告が各審査人に対して交付された投票用紙は審査法第十四条の定めに従つて作られた結果、その投票用紙には裁判官池田克氏の氏名が記載され、その氏名の上に罷めさせたい場合に×の記号をつけるところ一ケ所だけを設け、任命を可とする記号を記載する個所が設けられて居らず、かつ、投票用紙に×の記号以外の事項を記入したものは同法第二十二条の規定で無効とされていた。

五、被告はかくして行はれた投票の結果を各審査分会から報告させ昭和三十年三月九日午後二時東京都千代田区霞ケ関人事院ビルヂング内自治庁長官室で審査会を開いてこれを調査し、審査法第三十二条の定めに従つて無効投票以外の投票を罷免を可とする投票と罷免を可としない投票との二種類に分けて、罷免理由の有無のわからない者、裁判官の氏名のわからない者、審査の何ものであるかわからない者等の絶対多数の無記入投票を全部罷免を可としない部類に算入して池田裁判官が罷免を可とされないことに決定した。

六、しかし右法条と方法による審査は左記理由によつて無効である。

1、憲法第七十九条第二項の定める最高裁判所裁判官に対する国民の審査は、国民の発意によつて裁判官に対して罷免を求めるいわゆる裁判官に対する解職投票を行う制度でなく、同項の明文の示すが如く天皇又は内閣の任命の適否を審査決定するものであつてその投票はつねに任命に対する信任投票を行うべきものである。わが憲法の規定の上では、少くとも任命を可とするか罷免を可とするかの形式で信任投票を行うべきものであつて裁判官その人に対する解職投票を行うべきものでない。しかるに現行審査法は請求の原因第四項、第五項で明かのように解職投票を規定し、この規定によつて今回の審査が行はれたものであるが、これは明かに憲法第七十九条第二項の規定に反するものであつて法律上効力のないものである。

2、日本国民は憲法第十三条の定めるところにより身体の自由を有し選挙場又は審査場に出頭すると否との自由ならびに投票すると否との自由を有する。

審査法第十三条の定めに基いて、投票所の設備を選挙場と審査場の出入口と一つにして、同法第八条の定めるところに従つて選挙の投票用紙と審査の投票用紙とを一緒に交付しこれが持ち帰りを禁止してその投票用紙を投票箱へ投入させたのでは、任命の可否、罷免の可否を知らない為め投票場へ入りたくない審査人、そのため投票を欲しない審査人に出頭と投票をしいたことになり、正に憲法第十三条によつて最も尊重されなければならない身体の自由を侵したものであつて、この施設によつて行われた今回の審査は憲法違反の甚しいもので、憲法上無効のものである。

3、審査法第十四条の定めに基いて投票用紙を作成し、池田裁判官の氏名を記載して、同裁判官についてその任命を可とする記号をつける個所を設けず、ただ裁判官の氏名の上に罷めさせたい裁判官に×の記号をつけるところ一ケ所だけ設け、同法第二十二条の定めを設けて投票用紙に×の記号以外の事項を記入したものを無効投票として取扱つたのでは、任免の可否ないし罷免の可否を知らない絶対多数の審査人から、不知の意思表示をすることを奪い又は棄権によつて黙否権を行使するの自由を奪つたものであつて、これまた憲法第十九条第二十一条によつて保障された思想および良心の表現の自由を奪つたものであつて、このような投票用紙を用いて行はれた今回の審査は違憲の甚しいもので、この点でも法律上無効のものである。

4、日本国民は憲法第十九条第二十一条の定めるところによつて、思想および良心の表現の自由が保障せられ、各個人は自己の思想を抱くがままに発表するの自由を有し、また感情の許さない思想の発表はこれを拒むことが許され、また各人の思想および良心は、これを曲げてとり上げられ又は希望に添わない法律上の取扱いを受けないものとされている。

審査法第三十二条の定めに従つて無効投票以外の全投票を×の記号あるものと無記入の投票との二つに別けて×の記号のあるものを罷免を可とするものとし、裁判官について罷免の事由の有無のわからない者や、裁判官の名前も知らず、審査の何ものであるかも知らないため、白紙のまま投じた絶対多数の投票を、全部可としない投票の数に加えることは、これら投票者の意思を曲げて解釈し、かつ本人の欲しない法律上の取扱いをするものであつて、これまた上記憲法の条規によつて保障される思想および良心の表現の自由を奪うものであつて、このような類別と計算によつて行はれた今回の審査は、この点でも、また憲法違反として無効のものである。

5、最高裁判所裁判官国民審査法が定める投票の方法および本件国民審査は審査の投票の秘密を侵すものである。

審査の投票にあたり、罷免を可とするものは「当該裁判官に対する記載欄に自ら×の記号を記載し、」罷免を可としないものは「当該裁判官に対する記載欄に何等の記載をしないでこれを投票箱に入れなければならない」(国民審査法第十五条)。この審査法第十五条にもとづいて本件国民審査は行はれた。従つて投票場でなんらの記載をもしない者は、投票用紙を受けとると同時にそのまま投函して出て行く、これに対して記載をする者は記入台のところに行き、そこで記載して投票箱に投ずることは一目瞭然である。

ことに今回の審査を受ける裁判官は池田裁判官一人であつて、なんらかの記載をする限り、罷免その他の記載をすることが一目瞭然であつて、投票の秘密が侵されていたばかりでなく、自由意思に基く投票が保障されたとはいい得ない。この点でも今回の審査は無効であるといわなければならない。

以上の理由によつて今回の審査は無効であるから、裁判所におかれては速かにこれが無効を宣言され、憲法に適合した審査法の制定に端を与えられ真に意義ある審査の行われるよう、判決せられんことを求める次第である。

本件出訴の根拠法規は最高裁判所裁判官国民審査法第三六条である。

(別紙二) 請求の原因に対する答弁

第一訴状の記載の請求原因たる事実の認否

一、請求原因第一項記載の事実中、被告が中央選挙管理会委員長であること、原告が、審査有権者であることは争わない。その他の事実は不知。

二、請求原因第二項記載の事実は争わない。

三、請求原因第三項記載の事実中「右審査施行のために設けられた投票所は審査法第十三条の定めに従つて設備された結果、衆議院議員総選挙の投票所と審査の投票所の出入口とを一つにし、その入口に棄権を望む者は投票用紙を受取らなくてもよい旨の貼紙をしていた」事実、投票用紙を持ち帰ることを禁じた事実は争わないが「実際は審査法第八条の定めに従つて投票所に出た有権者に対しては、本人の意思如何にかかわらず、選挙の投票用紙と審査の投票用紙とを一しよに交付し、罷めさせたい裁判官があつたらその裁判官に対する記載の欄に×の記号をつけ罷免を望まない者やわからない者は、そのまま投票の箱へ投げ込むように指示して投票を行つた」という事実は認めない。

四、請求原因第四項記載の事実は争わない。

五、請求原因第五項記載の事実中「罷免理由の有無のわからない者、裁判官の氏名のわからない者、審査の何ものであるかわからない者等の絶対多数の無記入投票」とある事実は認めない。その他の事実は争わない。

第二抗弁

一、出訴に関する法条の根拠を明らかにせられたい。

二、最高裁判所裁判官に対する国民審査の制が、裁判官の任命そのものの可否を諮るものであるのか、或は既に裁判官たる地位に立つておる者に対する解職投票の制であるのかは、過去において若干の論議を存したところであるが、凡そ次の如き理由により、被告は国民審査は解職投票の制度であると解する。

(一) 国民審査の本質が解職投票であること(審査の直接の目的が裁判官の罷免如何にあること)は、憲法の規定(七九条)の文面により明白である。

(二) 裁判官の任命は、国民審査の以前において既に完了しているものと解することが正当である(憲六、七九、八〇条、裁判所法三九、四〇条)。

(三) 裁判官の地位に対する保障と民主主義の運営とを調和せしむる観点より判断するも、国民審査を解職投票の制であると解することが妥当である。

(四) 一般国民をして直接に裁判官たる適任者を選定せしむるということは、事実上甚だしく困難な問題であつて、それは殆んど実行不可能にちかいものである(特定裁判官に対する罷免投票の実行も、決して容易なことではないが、比較的には実行し易い)。

(五) 国民審査を以て任命の可否を諮るものとすれば、同一裁判官に対する第二回以後の国民審査の性質を理解し難い。

(六) 国民審査が解職投票の制であつても、それはもとより裁判官の弾劾制度とは別箇のものであつて(その趣旨を異にし、その適用の範囲もまた異る)、その間に何ら矛盾を生ずることはない。

また、かくの如く国民審査を解職投票の制度と解することは、今日においては判例によつてすでに確定せられておるところであり(昭二七・二・二〇最高裁判所判決、昭二四・一二・五及び昭二九・一一・九東京高裁判決)、したがつて、原告の「現行審査法は請求の原因第四項第五項で明らかのように解職投票を規定し、この規定によつて今回の審査が行われたものであるが、これは明かに憲法第七十九条第二項の規定に反するものであつて、法律上効力のないものである」という主張は到底認められることではない。

三、本件国民審査が憲法第十三条の規定に違反するという原告の主張は、その理由がない。

(一) 「投票所の設備を選挙場と審査場の出入口を一つにした」ことは事実であるが、それは有権者の投票の便宜のため審査法第一条において「審査の投票は衆議院議員総選挙の投票所においてその投票と同時にこれを行う」と規定したこの当然の結果であつて、なんら異とするに足らない。また「単に入口と出口が各一つであつて、入口から出口にいたる順路が一定していたとしても、それだけでは、必然的に選挙の投票と審査の投票は別々になされ得ない理由にはならない。一方の有効投票をして他方の有効投票をしないことの自由が、物理的にも、心理的にも失われる理由とはならない」のは当然のことであるし(昭二九・一一・九東京高裁判決)且又本件審査の場合においても「有権者は投票所に入つてから出るまでの間、法律上も事実上も或は審査の投票を棄権し又は無効投票を投ずることができたのであるから、出入口の同一ということ自体のために、心理的に投票が強制せられるということは」全くなかつたのである(右同判決)。

ことに、今回の国民審査においては、従前よりこれらの点につきいろいろと論議ありたることに鑑み、特に別紙の如き入念の措置を講じ、苟も投票の強制にわたるというような非難の生じないように特段の配慮がなされているのであつて、単に入口と出口とが一つであつたということだけで、投票の強制を云々するようなことは全く理由のないことである。いわんやこれを以て憲法第一三条の保障する身体の自由を侵害する行為だというようなことは、余りにも仰山過ぎるといわねばならない。

実際の結果を見るに、本件国民審査の場合において、衆議院議員総選挙の投票者数は三七、三八八、〇二一人であり、国民審査の投票者数は三五、五五三、九二六人であつて、その差は実に一、八三四、〇九五人の多数に上つている。この顕著な事実から見ても、出入口が同一であるということによつて、何ら投票の強制にわたるような事実のなかつたことはきわめて明白である。

(二) 投票人の意思に反して選挙の投票用紙と審査の投票用紙とを一しよに交付したという事実はない。上述の如く、各投票所には国民審査の投票をしない者はその投票用紙を受取らないようにとの注意書が掲げられてあつたくらいであつて、いやしくも有権者に対して、審査の投票用紙を強制的に交付したというような事実は全くない。審査の投票用紙を受取るかどうかは、完全に投票人の自由に属し、また、たとえ一旦その投票用紙を受取つた後であつても、さらにこれを返還することは投票人の自由に委せられてあつたのである。既述のように、総選挙の投票はしたけれども、国民審査の投票はしなかつたという人の数は、実に二百万に近い多数を示している事実がある。

(三) 投票用紙を持ちかえることは、禁止せられている。しかし、これはその持ち帰りを認めることから生ずる各般の弊害を防止するためにもとより当然の措置である。しかして投票用紙のもちかえりの禁止は、独り国民審査の場合においてのみならず、広く一般の選挙についても励行せられておるところである。投票用紙のもちかえりの禁止が憲法の保障する身体の自由を侵害するというようなことは、到底考えられることではないと思う。

四、原告は「審査法第十四条の定めに基いて投票用紙を作成し、池田裁判官の氏名を記載して、同裁判官についてその任命を可とする記号をつける個所を設けず、ただ裁判官の氏名の上に罷めさせたい裁判官に×の記号をつけるところ一ケ所だけ設け、同法第二十二条の定めを設けて投票用紙に×の記号以外の事項を記入したものを無効投票として取扱つたのでは、任免の可否を知らない絶対多数の審査人から不知の意思表示をすることを奪い、又は棄権によつて黙否権を行使するの自由を奪つたものであつて、これまた憲法第十九条第二十一条により保障された思想および良心の表現の自由を奪つたものである」と主張するが、任免の可否ないし罷免の可否を知らない審査人が絶対多数であつたかどうか、また、そのような審査人があつたかどうかの事実はしらないけれども、この点についての原告の主張は、要するに、国民審査をもつて裁判官の任命そのものを審査する制度であると解することから出発しておるのであつて、その立論の根抵において全く所見を異にするものがある。被告のように、国民審査を以て解職投票の制であると解する限り、その解職投票の具体的手段としては、積極的に罷免を意図する人の投票と、そのような積極的意思をもたない人の投票とを区別すれば、それで充分であつて、それ以外にわたつていろいろと投票人の意思をせんさくする必要は少しもない。

しかして、このような投票方法を定めることが、憲法第十九条又は第二十二条に定める思想及び良心の表現の自由を侵害するというようなことは、全く不通の論である。

五、原告は、最高裁判所裁判官国民審査法が定める投票方法及び本件の国民審査は、審査の投票の秘密を犯すものであると主張するけれども、審査法の規定するところ及び本件国民審査の場合においては、審査人が自己の審査意思を外部に対して秘匿するに足るだけの、充分なる措置が講ぜられておるのであつて、従つて、これにより投票の秘密が破られたというような事実は全くない。投票記載所に立ち寄つた審査人であつても、何らの記載をしないことも自由であるし、記載所に立ち寄らずして直接投票箱にいつて投票したかつこうの審査人であつても、ひそかに記号を記載するようなことはあながち不可能なことでないのであつて、審査法第十五条第十六条の定めた通りの設備と方法で投票を行つた場合において、それで投票の秘密が犯されるということは全く考えられないことである(昭二九・一一・九東京高裁判決)。而して事実上いずれの投票所においても、投票の方法ないし設備が法定の限界を越えて投票の秘密をおかしたという如き事実は存しないのである。

(別紙)

中選発第五号

昭和三十年七月十七日

中央選挙管理会委員長

各都道府県選挙管理委員会委員長殿

最高裁判所裁判官国民審査投票について

標記に関してはその制度の重要性に鑑み種々御配慮のことと存ずるが、この投票については、投票の強制にわたるという非難があるから、特に留意し、投票所内の適当な箇所に別記のような趣旨のことを掲示することが適当と思われるので、この旨管下市区町村選挙管理委員会に指示されたい。

(別記)

最高裁判所裁判官国民審査投票の上の注意について

一、国民審査投票は棄権しないで投票して下さい。

1、やめさせた方がよいと思うときは、裁判官の名の上の欄に×を書いて下さい。

2、やめさせなくてよいと思うときは、何も書かないで下さい。

二、投票しない人は投票用紙を受取らないで下さい。

(別紙三)

原告提出の書証    これに対する被告の認否

甲第一号証の一ないし六      不知

甲第二号証の一ないし五      認める

甲第三号証の一ないし六      認める

甲第四号証の一ないし十一     不知

甲第五、六、七号証        不知

甲第八号証            認める

甲第九、十号証          不知

甲第十一号証の一ないし十三    不知

甲第十二ないし二十三号証     認める

甲第二十四、二十五号証の各一、二 認める

原告援用の人証

証人佐々木惣一の証言

原告本人尋問の結果

被告代表者本人尋問の結果

被告提出の書証 これに対する原告の認否

乙第一号証 認める

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